お茶目な乙女、お茶子の日常と本

別に誰も興味の無いのに自分の日常や本とか趣味などを書いてみる。自己満です。

共感女。自分の意見を言ってるだけなんだけど…

ある友人はなんでも共感してもらわないと気が済まない。

例えば、好きな映画があったとしよう。
その映画の中に出てくる自分の好きな俳優さんとシュチュエーションがグロテスクなものでそれに萌えるのだと言えば、それに共感できない人も居るわけです。

グロテスクな物やホラー系が苦手な人は私は気持ち悪かったなぁなどと自分の感想を述べる。
決してそれを好きな人を否定しているわけではない。

だが、共感女はそんなことは許さない。自分が否定されたのだと思い、必死でその映画の良さをアピールしてくる。
えっ?どっかの回し者ですか?というくらいの力説である。

相手もそこで頑なに嫌なんだからしょうがないじゃないかとなるかもしれないが、今度観てみようかなとか、観てる場合でももう一回
しっかり観てみようかななどの返答でその場を収めないとその話はなかなか終わらない。

なぜ、これほどまで共感してもらわないと必死になるのかわからない。
いろいろな意見があるし、否定しているわけではないのにと…

そりゃ観てもないのに作品を貶したりするの良くない。
ただ、人それぞれ好みはあるので今回の例えのように作品自体よりグロテスクなシュチュエーションが苦手だと言っても分かってもらえない。

観て、凄く気分が悪くなるのを分かっている人は観るのは恐いだろうなぁと思う。

共感というのは感情を部屋割りした時に現れる。他の部屋には喜びや怒りもあるでしょうが、共感というものだけで全ての感情を動かし周りを混乱させるの人は正直しんどい。

自分は共感してほしい。
でも、苦手だと言った人だって共感してほしいと思っているかもしれないがそんな事は御構い無しだ。

つまり、自己中心的な考えが働いてしまう。
良く言えば好きな物に情熱的過ぎる。
軽い趣味など許さなれないのだろうか…

過剰な愛は時に自分を苦しめることもありそうだが、今のところその人には愛する異性は居ない。

そういう人が恋愛をするとどうなるのか、少し興味があるのは私だけだろうか?(笑)